ABOUT NOISIE
「わたしは ちがうかも」
議論はいつも、誰かが違和感を口にすることから始まります。
ひとりの違和感は、社会の議論のもとになる。
だけど、何かに異議を唱えると
必ず「ならば説得力をもて」と言う人がいます。
それがなければ「単なるワガママだ」と、その誰かは言う。
そうして声は、社会のノイズとされて、
価値のないもののように、隅に追いやられていく。
だけど私たちは、ノイズにこそ価値があると言いたい。
なぜなら、違和感に正しさはいらないから。
初めから確信があれば、違和感じゃないから。
私たちは、
大きな何かにノイズとされても 歩みをとめない人々を「NOISIE(ノイジー)」と呼び、
人々の小さくてとがった違和感に、
光を添えていく存在でありたいと思っています。
どうかその違和感を、消さないでほしい。
違和感は、あなたがあなたである証。
あなたの違和感が、いつか、誰かを照らす光になる。
NOISIE.