医療機関で書く問診票に「近親者」の病歴を記載する時、いつもモヤモヤしてペンが進まない。
この「近親者」は、私の親を指していると同時に別の意味も内包している。
親からの遺伝により発症しやすい病気を把握するのがこの欄の目的であるため、「近親者」は血縁関係上の親も意味している。
しかし血縁関係が親子の「当たり前」だとしたら、私の家族は必然的に「当たり前」から排除される。
それは、私が『特別養子縁組』の養子であるからだ。
社会的養護と特別養子縁組のつながり
『特別養子縁組』をはじめて聞いた方もいるかもしれない。
制度の概要を説明する前に、この制度が存在する背景についてまず説明させてほしい。
産みの親(以下実親)による子どもへの虐待・実親の病気や経済的困窮・自然災害による突然の実親の不在など様々な理由から、実親による子どもの養育が困難な(またはその恐れがある)場合、下記のプロセスを経ることがある。
引用元: 社会福祉法人愛隣会 児童養護施設 目黒若葉寮『社会的養護ってなに?』
(https://www.megurowakabaryo.com/about/socialcare/)
大半の子ども達は家庭に戻されるが、一方で「措置」による支援を受ける子どもたちもいる。
この「措置」は「社会的養護」ともいわれ、産みの親の元を離れて生活せざるをえない子ども達を、行政の責任で保護・養育/新しい家庭環境を提供する制度である。
また法的に明確な定義はないものの、社会的養護は「施設養護(さらに細かく家庭的養護)」と「家庭養護」に分類されており、様々な施設や制度が存在する。
引用元: Bridge for smile『社会的養護とは?親を頼れない子どもたちを社会全体で育もう』
(https://www.b4s.jp/post-6044/)
『特別養子縁組』『普通養子縁組』『里親』制度の違い
前段階の「里親」制度や従来から存在する「普通養子縁組」との比較を交えながら、『特別養子縁組』の概要を説明したい。
※『養親』=養子縁組制度を介して子どもの親権を獲得した『育ての親』を指す。
樫尾 怜 作成
里親制度は、里親が子どもを「預かり、養育する」ため、里親と子どもの間に親族関係は生じず、実親との親権のみになる。
そして里親期間が終わった後も、実親との親権は継続される。
普通養子縁組は、実親との親権は継続されたまま養親との親権も生じる、いわば「二重の親権」が生じている状態である。普通養子縁組の養子は、2組の親を持つことになる。
この場合、戸籍上の表記は実親の名前が記載され、養親と養子の続柄は「養子or養女」と記される。
特別養子縁組は、実親との親権は解消され養親との親権が生じる。
この場合、戸籍上の表記は実親の名前が記載されず、養子の続柄は「長男or長女」と記載され、実子同然として扱われることになる。
なお、成立には家庭裁判所の審判が必要である。
「特別養子縁組制度」の 広報啓発に感じる違和感
「最終的に里親の担い手や特別養子縁組制度により養親となることを希望する人を増やすこと※1」を目的として、子ども家庭庁(以前は厚生労働省管轄)を中心に特別養子縁組の広報啓発活動が随時行われている。
例年、マッチングを行う民間斡旋団体や一部医療機関をはじめ、新聞社や財団法人などが関与している。
特別養子縁組の養子として、この制度がどのように周知されているのか非常に気になり媒体を色々と調べている。
その度に私はいつも疑問を抱く。
この広報啓発が、制度の周知以上に画一的な家族像・養子像を押し付けているのではないか?という点だ。
以下は特別養子縁組制度の広報啓発において用いられている文章の抜粋である。
すべての子どもたちが、“家庭”の愛情に触れ、健やかに育つために
子どもが健康に成長していくために大切な経験が、家庭の中に多くあります。
すべての子どもたちは、“家庭”の愛情に触れ、健やかに育ってほしい。
それが、日本財団子どもたちに家庭をプロジェクトの想いです。日本財団 「子どもたちに家庭をプロジェクト」https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/nf-kodomokatei
法的な親子関係を結ぶため、子どもが生涯にわたり安定した家庭を得ることができます。
telling 広告特集「子どもを育てたいと願う人へ 特別養子縁組制度」https://telling.asahi.com/telling/extra/tokubetsuyoshiengumi/)
フローレンスは、赤ちゃんも、生みの親も、育ての親も、みんなが幸せになる赤ちゃん縁組(特別養子縁組)を目指しています。
「特別養子縁組」制度って?
特別養子縁組は、子どもが生涯に渡り、安定した家庭で特定の大人の愛情に包まれて育つために作られた公的な制度です。何らかの事情で生みの親が育てることができない子どもを、育ての親に託し、子どもと育ての親は家庭裁判所の審判によって戸籍上も実の親子となることができます。
認定NPO法人 フローレンス「特別養子縁組とは?」https://engumi.florence.or.jp/about)
“自分だけを見てくれる”その安心感が子どもを支えます
法的な親子関係を結ぶため、子どもが生涯にわたり安定した家庭を得ることができます。
守ってくれる人や帰る場所があることで安定した生活が送れる
こども家庭庁「特別養子縁組制度について」
広報啓発ポスターより一部抜粋
https://www.cfa.go.jp/policies/shakaiteki-yougo/tokubetsu-youshi-engumi)
いくつかの文章や引用元のイラストから「特別養子縁組を介して戸籍上の家族になることで、親の愛情に包まれて子どもは安定した生活を送ることができる」「家族=子どもの幸せ」という共通のメッセージ性を私は感じた。
私の「違和感」はここにある。
それは過去及び未来の自分自身がなかったことにされていると感じるからだ。
私と養親の関係性から考える親の「愛情」について
「あなたのためを思って言っている / やっている」
「あなたのことが大好きだから!」
養親から時折言われた言葉であり、養親にとっては「愛情」だった。
しかし、私にとってはどうか。
その言葉が養親から発せられる直前に行われていた、私への体罰や侮辱的発言の数々があった。
「お前には無理だ」
「ほんと、いつまでたっても『子供』なんだから」
身体の痛みを、心の苦しみを、親への憎しみを私は今でも思い出す。養親の「愛情」が、私にとって辛いと思うことのほうが多かった。
大人の愛情に包まれて / 安定した家庭を/家庭の愛情に触れ健やかにetc……
親の愛情は子どもにとって素晴らしく尊いものであり、やがては子どもの幸福につながる……
現在、特別養子縁組家庭で親の愛情に幸せを感じている養子の方もいるだろう。
その気持ちはその方の経験を元に得られたものだから、私はその気持ちを大切にしてほしいと思うし、私はその気持ちを否定することなどできない。
私は、自分の経験から「親の愛情」を考えたい。
「親が愛したら子どもは愛される」…本当にそれだけだろうか?
「愛」を言葉にするしないに関わらず、親から子に対する愛情表現が、子どもにとってつらいものだとしたら?
「痛み」につながるものだとしたら?
「子どもは親の愛情に満たされる(満たされてほしい)」という理想像で片付けることができるのか?
時としてその言葉が、親から子に対する「愛情という名の暴力や支配」を正当化・透明化する危険性があると私は思う。
「幸福な家庭」では終わらないかもしれない
これまでの私の人生で、家族に対して幸せな感情を抱いた時もあった。
同時に、辛かったこと・反抗して怒鳴ったこと・養親の愛情に違和感を感じながらも受け入れざるを得なかった時もあった。
養親に対していろいろな感情や思いを抱きながら生きてきた。
これからの人生でも、親の愛情を拒絶したり不安定な家庭環境のなかで、親から監視されている恐怖にさいなまれたりなど、行政や社会が打ち出す理想の養子縁組家庭像からかけ離れるときがあるかもしれない。
それでも私はここにいる。
私の感情の決定権は、私自身にある。
養子当事者ひとりひとりの「実存」を消されないために
特別養子縁組は、縁組が成立して終わりではない。その後「家族」としての生活が続いていく。
その後の生活で、家族や養親に対してどんな感情を抱くかは、養子当事者ひとりひとりにしか分からない。かつ、どんな感情を抱くか抱かないかにかかわらず、そこに優劣は無い。
養親との関わりの中で得る特別養子縁組の養子当事者の感情は自由である。
しかし「家族」という閉じられた関係性にもかかわらず、当事者ではない第三者が、「幸福」のみを全面にアピールしている。
それは今、一筋縄ではいかない養子として生きている私の感情を軽視されているように感じて、とても息が詰まる。
たとえそれらの言葉が、幸せになってほしい、という願いから派生するとしても、将来的に「何が幸せか?誰から愛されているか?」は私が決める。
『愛』という名の暴力的な言葉に、虐待を受けた経験から養親の愛情を信じきれない私は言葉で抗い続ける。
「養子の日」に伝えたいこと
4月4日は語呂合わせで「養子の日」とされている。
当日および近日には、上記媒体に加え各地で広報啓発イベントが開催されたり特別養子縁組の特集がTV番組で組まれたりなど、この制度に触れる機会が多くなるかもしれない。
この日だからこそ、私はあなたに伝えたい。
『養親側や第三者の語りのみで、分かるはずがない養子の感情を都合よく決めつけてはいないか?』
分からないことは、分からないままにしてほしい。
目の前の貴方が少しでも疑問を持ってくれたなら、養子当事者の一人として、これほど嬉しいことはありません。
参考HP:※1 令和6年度里親制度等及び特別養子縁組制度等広報啓発事業に係る公募について
(https://www.cfa.go.jp/procurement/3elzXyi9)